武本修哉が考えた事、感じた事を本音でお伝えしています。皆様の参考になれば幸いです。
テンプル騎士団について私が考えていること
こんにちは。武本修哉です。
今日は日曜版の陰謀論でいきます。秘密結社の原点として有名なテンプル騎士団について書きます。
ダビンチコードを見た方は、ご存じだと思いますが、エルサレムを巡礼する人々を守るために結成された騎士団です。十字軍遠征の頃のフランス騎士修道会の1つで、ローマ教皇公認のキリスト教の組織です。
ダビンチコードを見た方は、ご存じだと思いますが、エルサレムを巡礼する人々を守るために結成された騎士団です。十字軍遠征の頃のフランス騎士修道会の1つで、ローマ教皇公認のキリスト教の組織です。
ところが、彼らは次第に影響力を増し、莫大な財産を築き上げるようになります。この行動に疑いを持ったキリスト教会がこれを危険視し、逮捕し、異端尋問にかけて、解散へと追みます。
当時の異端尋問記録では、イエスキリストへの冒涜、バフォメットの崇拝などが罪状として記されているようです。陰謀論では、テンプル騎士団の残党がスコットランドに逃げたという話や、バチカンがテンプル騎士団の財産を奪うために無実の罪を着せたという話などいろいろあります。
いずれにしても、テンプル騎士団には非常に謎が多いのですが、そこから先を探求する人があまりいません。なぜ、フランスからイングランドを飛び越えてスコットランドに逃げ込んだのか?なぜ、キリストではなくバフォメットを崇拝していたのだろうか?と私はすごく気になっていました。
というわけで、今日は私なりにこの秘密結社「テンプル騎士団」の秘密にせまっていきたいと思います。
というわけで、今日は私なりにこの秘密結社「テンプル騎士団」の秘密にせまっていきたいと思います。
私は「キリスト教vs秘密結社」という対立図式を骨格とした武本理論で考えていきます。まあ、理論とは言っても、仮説ですから、多くの人は納得しないと思います。気にせずに強引に書いていきます。
まず、テンプル騎士団はカトリックに弾圧されたわけですから、ここは素直に考えて、「キリスト教vsテンプル騎士団」の対立図式で捉えます。そして、私はどんどん過去にさかのぼって、キリスト教がこのあたりに布教する以前までタイムスリップします。
キリスト教の前に、もともと何か古代宗教や民族信仰のようなものがあって、キリスト教支配に抵抗して潜伏した残党たちがいたのではないかと私は考えました。おそらくフランスとスコットランドを結ぶヒントがそこにあるはずだと直感して調べ続けていました。そうしたら、やっぱりありました。数千年前からこのあたり一帯で大きな影響力を持っていた古代宗教がありました。
ケルト民族のドルイド教です。ちょうど以下の図のあたり一帯です。
今のフランス、イギリス、アイルランドのあたり一帯に広がっていました。ピタリと一致します。これが、キリスト教によって塗り替えられていったわけです。ケルトというと黒髪の白人で、アイルランドあたりを想像しますが、かつてはヨーロッパ大陸まで広がっていたようです。
私はさらに調べていたところ、ローマ帝国以前の地図を見つけました。よく見ると、今のフランスあたりが「Certica」となっています。地名か国かわかりませんが、これは「ケルト」という意味です。サッカーの中村俊輔が所属していたスコットランドの「Certic(セルティック)」も同じで、「ケルト」という意味です。
やはり、西ヨーロッパのこのあたりには、もともとケルト民族が住んでいて、ケルト文化を育み、その中でドルイド教が大きな影響力を持っていたんだと思います。どうやら、この「ケルト」「ドルイド」に大きなヒントがありそうです。
念のため、フランス人の定義を調べたら、ゲルマン系のフランク人がガリア地方に移動してきてケルト系その他の民族と混血したと普通に書いてあるので、ケルト民族がいたことは間違いないようです。(現在のフランス人との関係はよくわかっていないようです。)
問題は、ケルトは文字を持たない民族だと言われており、あたかも架空の民族であるかのように捉えられていることです。これだけ広範なエリアに、この時代に文字を持たなかったなんて話はちょっと信じられません。もしかしたら、ケルトの文化・宗教を破壊し、ケルトを歴史から完全に抹消するために、「こいつらはもともと文字を持ってなかったんだ!」と征服者が勝手に決めてしまったのかもしれません。
さらに、ローマ帝国の時代を見てみると、今のフランスとイングランドあたりまで、キリスト教が広がりますが、スコットランドとアイルランドはローマ帝国の支配を受けなかったことが分かりました。つまり、ヨーロッパの辺境のスコットランド、アイルランドでは元々のケルト文化がより多く残っているのではないかと考えられます。
しかし、この頃のアイルランドを見ると、ローマ帝国の支配を受けていないのに、なぜかキリスト教が広まります。私は不思議に思って調べていたら、どうやらケルト系キリスト教と言われる特殊なキリスト教が広まったということが分かりました。
ケルト系キリスト教とは一体なんなのか?それは「ドルイドの神がイエス・キリストである」という特殊な教義を持ったキリスト教です。やはり、ケルトとドルイドというキーワードが出てきます。これは、キリスト教と妥協したドルイド教のようなもので、ちょうど、日本の神道と仏教の「神と仏の同一化」に似ています。
一方、スコットランドはローマ帝国とキリスト教の影響が最も小さい地域でした。中心から辺境へと遠ざかるほど、時の権力の影響を受けにくくなり、既存の独自の文化が残るのではないかと思います。カトリックに弾圧されたテンプル騎士団が、なぜスコットランドに逃げ込んだのか、なんとなくイメージがつかめてきました。
さらに調べていくと、5世紀ぐらいに非常に厄介なことが起こります。アングロ・サクソンの侵略です。ローマ帝国がイングランドから引き上げた隙をついて、大陸のゲルマン系のアングロ・サクソン人が島を侵略してきました。もともとケルト系の黒髪白人が住んでいる所に、ゲルマン系の金髪白人が割り込んでくるのです。
このアングロサクソンの侵略に抵抗・応戦して自らの居住地を守ったのが現在のウェールズとスコットランドです。ウェールズを侵略から守ったアーサー王の伝説はこの時に生まれます。しかし、残念ながらイングランドは侵略されて、アングロサクソンの土地になってしまいました。
ドルイド教は、自然崇拝の多神教で、私達も知っている「幸運の四葉のクローバー崇拝」や巨石文化と関わりのある「ストーンヘンジ」などが有名ですが、非常にまずいことに、ケルト系ドルイド教の聖地ストーンヘンジが、侵略されたイングランドにあります。これは、ヤバイのではないでしょうか?今の中東のイスラエル建国みたいなものだと私は想像します。
イングランドのアングロサクソン人は、自分達が島に乗り込んできた時に既にストーンヘンジが存在していたことを認めていますが、やっぱり何千年も昔からあったようです。金髪白人からすれば、ただの大きな石コロが置いてあったようにしか見えないかもしれませんが、侵略された原住民ケルト系の人々にとっては、この地が重要な意味を持っていたのではないかと私は考えます。
当時のイングランドは、このように民族的にも文化的にも異質なアングロサクソン人が侵略してきたわけで、このことが、現在でも隣国同士の仲の悪さのひとつの要因になっていると思います。
さて、時代を追ってさらに歴史を見ていくと、また厄介なことが起こります。11世紀にノルマン人がヨーロッパで暴れだします。ノルマン人はケルト系ではなく北欧の金髪白人ですが、フランスの北部一部を侵略し、ノルマンディー公国を作り、イングランドに乗り込みます。ノルマン・コンクエスト(ノルマン人の征服)です。
民族的にはノルマン人とアングロサクソン人は比較的近いのですが、ノルマンディー公国は、ほぼフランス化していたために、フランス語やフランス文化がイングランドにどっと押し寄せます。そこで民族・言語・文化が混ざり、今の英語(ENGLISH)ができ、今のアングロサクソン人の原型がこの時に完成したと言われています。
これは例えるなら、モンゴル人が中国を侵略して「元」を建国して、元寇で日本に攻め込んでくるようなものではないかと思います。
スコットランドの一部とアイルランドのダブリンあたりも、ノルマン人の侵略を受けますが、イングランドのような全面的な征服ではなかったため、彼らへの影響はあまりありませんでした。フランスも、ノルマン人への応戦にはかなり苦労しますが、一部に建国を許しただけであり、全面的な支配を受けたわけではありません。
幸か不幸か、イングランドと周辺隣国との対立の枠組は変わらず、長く争いが続き、これは現在に至るまで影響しています。
髪の毛の色を見てみると、やはりイングランド人はベッカムのような金髪が多いです。もちろん、移民、移住、混血によって、明確な区分はできなくなっていますが、総じて、周辺国のフランス、アイルランド、スコットランドは黒い髪が多いことに気がつきます。アイルランド系のレーガン、ケネディ、U2のボノ、エンヤなど黒い髪の人が多いですし、フランス人も黒髪ばかりです。
英国政府は、つい数年前まで、ドルイド教を異端視してきましたが、数年前に史上初めて公認しました。ドルイドやケルトは決して架空の存在ではなく、細々と受け継がれていたようです。公けに認められれば、普通にストーンヘンジに集まってきて儀式を始めます。
下の写真を見ると、白い衣装を着たドルイドさんが何かやっています。
これで、テンプル騎士団の「バフォメット崇拝」がドルイド教と関連があるとわかれば、謎は一気に解けます。昔からの信仰を密かに守り続けていた人々が、カトリックによって弾圧されたため、ローマから遠く、ケルト・ドルイドの伝統が残っているスコットランドに逃げ込んだという説明が成り立ちます。イングランドはすでにアングロサクソンに侵略されていたため、そこを飛び越えて、スコットランドまで行ったという説明もつきます。
しかし、残念ながら、そこまで言えるだけの資料が全くありません。ドルイド教は文献がほとんどなく、あまりにも分からないことだらけで、これ以上は調べようがないのです。
本当に悔しいです。
本当に悔しいです。
最初はドルイドの白い衣装がテンプル騎士団に似ていたので、これはもしかしたらと思いました。でも、KKKにも似ていますし、ありふれています。何の根拠にもなりません。ストーンヘンジに集まったドルイド司教に赤十字でもついていれば、「おっ!これはもしかしたら」となりますが、まったくお手上げです。
これでは、妄想の域を出ません。ただ、いろいろと新しい発見もありました。
アイルランド・カラーである緑は、クローバーの緑が由来で、ケルトの色だとわかりました。確かに、中村俊輔の所属した「セルティック」のユニフォームも緑と白の縞々模様でした。やっぱり、このあたりには、ケルトの伝統が残っているんだと思います。
フランス人なんかは、自分達がケルトの血を引いているという自覚がないし、そもそもケルトの文化・宗教なんて忘れ去られているんだと推測します。私たち日本人だって、つい200年前の江戸時代すらピンと来ません。完全に日本文化の上書きが行われていて、教科書で知識として習うだけで、江戸の文化と言われても実感としてわからなくなってしまっています。これと同じことではないかと思います。
それと、テンプル騎士団のバフォメット崇拝についても、新しい発見がありました。せっかくなので少し触れておきます。バフォメットはキリスト教で悪魔とされている二本の角が生えたヤギみたいな悪魔で、黒ミサ(淫行パーティや幼児の生贄など)と関連付けられてセットで語られているようです。
ベンジャミン古歩道が、ボヘミアン・グローブという秘密集会があるという話をして、「ブッシュやキッシンジャーが乱交パーティや怪しい儀式をやってる!悪魔崇拝だ!」と騒いでいますが、これは明らかにバフォメット崇拝と黒ミサのイメージに由来しています。本当にこんな秘密の集会をやっているのか私には確かめようがありません。
そして、世界支配層が人差し指と小指を立てて、悪魔のサインを作って合図し合っているという話も、やはり悪魔バフォメットに由来しています。さらに調べると、中世の魔女狩りも、黒ミサとバフォメット崇拝が罪状とされていますので、このバフォメットという悪魔は、根強い人気があるんだなあと思います。
このバフォメットの正体は不明ですが、私はおそらく古代宗教あるいは民間崇拝の名残だと思います。キリスト教は、異教の神を一切認めませんので、悪魔扱いして排除したのではないでしょうか。これ以上のことは、わかりません。
以上、長くなりましたがこのへんで。
ありがとうございました。
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